企業情報

イチビキの歴史

イチビキ株式会社のこれまで

歴史年表

安永元年 1772 醸造株をもとに豊橋でみそ・たまりしょうゆの醸造業を始める
明治33年 1900 中村兄弟商会の名前でみそ・たまりしょうゆの製造、販売を行う
明治41年 1908 中村式醤油麹製造法の特許を取得
明治44年 1911 豊川市御油に工場を建設(現第1工場)
日本一のみそ仕込桶「丈三桶」完成
大正3年 1914 味噌溜醤油製麹法の特許を取得
東海市高横須賀に工場を建設(現第2工場)
大正8年 1919 大津屋株式会社を設立
豊橋市に工場を建設(現第3工場)
大正12年 1923 豊川市御油に研究所を設立
大正14年 1925 名古屋に販売拠点を開設
昭和3年 1928 製麹装置の特許を取得
昭和5年 1930 東京方面への市場開拓が始まる
昭和10年 1935 一升びん詰、甘露溜販売
昭和23年 1948 岐阜県関市に小金田工場が完成(旧第4工場)
昭和30年 1955 米みその製造を開始する(現第1工場)
昭和34年 1959 みそ 500gポリ袋、1㎏ポリ詰新発売
「うまい!」創刊号発刊
昭和35年 1960 つゆの素 発売
おさしみ溜300ml 発売
昭和36年 1961 大津屋株式会社からイチビキ株式会社に社名変更
商標統一、黒イチビキを廃止し、赤イチビキに統一
デラックスつゆの素 発売
昭和38年 1963 名古屋市熱田区に本社新社屋を新設し移転
デラックスみそ1㎏詰発売
しょうゆJAS認定工場となる
昭和39年 1964 みそ500gカップ詰発売
昭和40年 1965 みそ1㎏カップ詰発売
昭和41年 1966 新コマーシャル・ソング誕生「イチビキの歌」 歌手 いしだあゆみ
金撰、優撰、優撰(甘)最上 発売
昭和42年 1967 ミックスみそ詰発売
しょうゆ卓上びん発売
昭和43年 1968 赤だし1㎏詰発売
昭和47年 1972 第3工場仕込み倉火災
翌年、新工場建設
昭和51年 1976 金山寺みそ発売
あま酒(濃厚)発売
昭和52年 1977 ひやむぎつゆ 発売
即席みそ汁 発売
昭和59年 1984 ストレートつゆ3品発売(ひやむぎつゆ、そうめんつゆ、そばつゆ)
昭和60年 1985 第2工場 食品工場を新設
昭和63年 1988 バイオリアクターを利用した新しい味噌製造法開発
平成2年 1990 長熟二度仕込みしょうゆ 発売
レトルト殺菌設備の導入
水煮豆製品を各種発売
平成5年 1993 献立いろいろつゆ 発売
平成7年 1995 献立いろいろみそ 発売
平成10年 1998 赤飯おこわ 発売
平成12年 2000 ISO9001を全社で取得
無添加国産生みそ 発売
ストレート鍋つゆ 発売
平成13年 2001 第2工場 つゆ工場を新設
無添加国産しょうゆ 発売
大津屋㈱ 通信販売事業を開始
平成14年 2002 小麦を使わない丸大豆しょうゆ 発売
平成21年 2009 カネカ食品株式会社を子会社化
豊橋市に商品開発・技術開発の拠点、技術開発棟を新設
平成24年 2012 名古屋市熱田区に営業棟を新設
ISO22000を全工場で取得
塩糀、しょうゆ糀 発売
平成25年 2013 密封ボトルしょうゆ 発売
平成26年 2014 通信販売関連会社 (株)一膳 を設立
平成28年 2016 農業法人 (株)イチビキファーム を設立

丈三桶とは・・・

明治44年、初代社長 中村慶蔵が考案した仕込桶で、当時の常識をくつがえす画期的なものでした。
桶底の直径が1丈3尺(約3.9m)高さ1丈3尺(約3.9m)、容量約50tの日本最大級の仕込桶です。
何故このような大きな木桶を必要としたかと言うと、一度に大量に仕込むことにより、品質を均一化し、ロスを減少させることが目的であったと言われております。
その昔、木材は山から1丈3尺の長さで切り出し、製材して1丈2尺として売ることを常としていたので1丈3尺の木材をそのまま使えば大変合理的、経済的でありました。
イチビキの丈三桶には独創性、合理性の追求、大量生産(丈三桶1本で約50トン、
みそ汁で約250万杯相当になります)等の先人の教えが秘められているといえます。

100年以上たった現在でも丈三桶の一部が保存、使用されています。
技術の進歩により、現在主力商品については大型の200トン熟成タンクが使用されています。

商標の由来

イチビキは天然記念物「旧東海道、御油の松並木」が現存する、現豊川市御油町にて大津屋の屋号で醸造等を発展させました。
イチビキの商標は明治末から大正時代にかけて北海道での大豆買い付けから生まれたと言われています。
当時は大豆の品質を調べるには「サシ」と呼ばれる鉄の半円筒を俵に刺して中の大豆を取り出して良品だけに荷印を打って粗悪品と区別していました。
大津屋の荷印は「スッキリ引いた一本棒」のため「一引き」と呼ばれるようになりました。これが現在の社名、商標の基となりました。
御油の工場(現第1工場)では赤い商標を使用し、東海市高横須賀の工場(現第2工場)では、二ビキとして黒イチビキを商標としていましたが、
昭和36年に赤いイチビキの商標に統一されました。